B.研究テーマ


B−1.化学合成生物群集の進化学、生態学

  深海の熱水噴出孔の周辺や冷湧水域といった還元的な場所には、通常の深海底に比べて
桁外れに多量の底生生物(ベントス)が生息しています。こうした動物達は、メタンや硫
化水素を使って化学合成細菌が作り出す有機物を利用して生きているので、化学合成生物
群集と呼ばれています。その中心は、ハオリムシ(いわゆるチューブワーム)やシロウリ
ガイのように、細胞内に化学合成細菌を共生させている大型の動物です。化学合成生物群
集は、様々な距離を置いて通常の深海底に点在しているので、多様な生活史特性(幼生型
や栄養段階等)を持つ固有の動物群について、その進化様式を比較することによって、深
海における生物の進化について重要な知見が得られるのではないか、私たちはそう考えて
これまでに多くの動物群について、ミトコンドリアDNAや核遺伝子の塩基配列に基づい
て、分子系統学の手法による解析をおこなってきました。                          
  また、これまでに蓄積されている冷凍標本を研究室で分析するだけでなく、研究船や潜
水調査船を使って未発見の化学合成生物群集を探したり、発見された群集の動物相の調査
もおこなっています。最近では、世界で最も深い場所で発見された日本海溝の化学合成生
物群集や、限られた範囲でシロウリガイ類の爆発的な種分化が起こっているらしい南海ト
ラフ(東海地方から四国の沖)に注目しています。                                
   これまでの主な対象生物 	シロウリガイ類、アルビンガイ類ハオリムシ類
   今後の研究対象(予定) 	シンカイフネアマガイ、多毛類

 

 




B−2.海洋生物の系統地理学と海洋環境変動

  多くの生物集団は遺伝的に均一ではなく、何らかの地理的な構造を持っています。海洋
生物の場合、そうした構造は海流の様な現在の海洋環境要因と、氷河期の環境変動の様な
過去の要因とによって形成されています。急激な環境変動によって集団サイズが減少した
り細分化されたりすると、その影響は、集団の遺伝的構造の中に長期間維持されます。こ
うした情報を上手く取り出してやる事で、海洋生物集団の遺伝的構造から過去の海洋環境
変動に関する情報を得る事ができるかもしれません。温室効果気体による温暖化やオゾン
層の破壊等による地球規模の環境変動が生態系に与える影響の予測が緊急課題となってい
る現在、こうした予測に必要な情報を過去の環境変動のもたらした結果に学ぶ手段として
私達は、海洋生物の集団の解析から過去の海洋環境変動の情報を得るための方法の確立を
目指し、多様な海洋生物を対象として解析をおこなっています。                     
  今、私達が最も注目しているのは、日本海です。現在でも日本海は狭く浅い海峡によっ
て周囲の海域から隔てられていますが、海水準が下がった氷河期には、今以上に強く隔離
されていたと言われています。さらに最終氷期(7〜1万年前)には、閉鎖された日本海
に大陸から大量の淡水が流れ込み、無酸素状態になって多くの海洋生物が死に絶えた事が
海底から採集された微化石の分析から示されています。したがって現在日本海に生息して
いる海洋生物は、こうした時代を限られた生存に適した場所で生き延びたか、最終氷期後
に周辺海域から再侵入したものであると考えられます。こうした氷期の環境変動が、生物
集団の遺伝的構造に及ぼした影響の大きさや様式が、食性や幼生型といった生物種の生活
史特性によってどの様に変化するのかを調べる事を目的に研究を進めています。具体的に
は、海洋研究所の臨海研究センターがある岩手県大槌湾、千葉大学の実験所のある千葉県
小湊、共同研究者である日本海区水産研究所の林  育夫さん(当研究室OB)の野外調査
地である新潟県粟島の3ヵ所を、それぞれ太平洋の親潮流域、黒潮流域、日本海の対馬暖
流流域の代表として、同種あるいは近縁種の集団の間の遺伝的構造の比較研究をおこなっ
ています。                                                                  

 

 


  これまでの主な対象生物  
     浅海のベントス 	サザエ、クロアワビ、トコブシ、ウミニナ類、イシダタミ類、
                      	バテイラ、ウスヒザラ類
     深海魚           	ハダカイワシ類、ノロゲンゲ
  
 今後の研究対象(予定)
     浅海のベントス   	イトマキヒトデ、クボガイ、クロズケガイ、
                      	ウラウズガイ、カメノテ
     深海のベントス   	キタクシノハクモヒトデ
     動物プランクトン 	キタヤムシ、ニホンウミノミ
 

 

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