研究内容

1.光る細菌のふしぎ

発光細菌はこれまでのところ、4属17種が知られていますが、1属3種を除くと、全てが海洋細菌です。そのうちの一部は海洋動物の発光器に共生し、光を放っています。では、いつ頃、どの種が発光能を獲得し、それがどのように広がっていったのでしょうか。また、共生はそうした発光能の獲得や維持、さらに進化にどのような意味を持つのでしょうか。私たちは、海洋から様々な発光細菌の分離、同定を行い、発光遺伝子や発光色の多様性と進化、魚類との共生関係について研究を行っています。

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2.地球上で最も繁栄している菌

Pseudomonas属に含まれる緑膿菌は、私たちの体表や居住域の水周り、さらに陸および淡水環境に広く分布します。健康な人には感染性を示しませんが、多剤耐性を獲得する院内感染菌として知られ、免疫的に弱っている患者をしばしば死に至らしめることがあります。また、人体のみならず、多くの植物や動物に対する病原菌としても知られています。私たちは、緑膿菌が人間生活の影響の及ばない外洋域にも分布することを初めて明らかにしました。この発見によって、緑膿菌は陸域、淡水、海水、動植物体のいずれにも分布し、地球上で最もその生息範囲が広い細菌と見なせることになりました。このような例は一般動植物には見られません。そうした分布を可能にする性質はどのような遺伝的特性によるのか、果たして緑膿菌の起源は地球上のどこにあるのか、などについて研究を行っています。

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3.ありのままの姿とは?

私たちの研究室では、原子間力顕微鏡を用いて、海水中の細菌の“ありのままの姿”を観察することによって、海水中の細菌の新たな生態を明らかにしようとしています。私たちは、観察された多くの細菌細胞の周囲に、細菌よりも小さな粒子が多数付着していることに注目しました。あたかも細菌が微小粒子を捕捉しているように見えるのです。海水中に細菌サイズあるいはこれよりも小さな微小粒子が多数存在することは、1980年代に、現生元素動態分野の小池教授と当分野の木暮教授のグループによって初めて報告されました。Submicron particleあるいはKoike’s particleと呼ばれ、今や海洋学の教科書的事実として認められています。原子間力顕微鏡によって見られたのは、細菌がこの微小粒子を食べる(実際には菌体外酵素で分解して取込む)姿ではないのか?海洋細菌が生物遺体や糞粒などの有機物粒子に付着してこれを分解することは周知の事実ですが、「微小粒子を捕捉する」などという話はこれまでありません。海洋細菌の新しい有機物利用形態として、関連分野に大きなインパクトを与えることが出来ると考え、研究を進めています。

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4.深い海を極めるものたちーその1

海洋性古細菌の生態:地球上の生物は、遺伝子の情報から真核生物、細菌、古細菌の三つに分類されています。この中で、古細菌は熱水の吹き出す場所やpHの低い酸性の環境などを好むものが多いため、“極限性”の生物とする考えが広く定着しています。しかし、ここ十数年の研究で、海洋には“非極限性”の古細菌が生息している事が判明しました。水深1000mよりも深いところでは細菌と同程度の古細菌が生息する、との説もありますが未だ純粋培養に成功した例はなく、その生態は謎に包まれています。私たちは、海洋に生息する古細菌の数や系統関係を明らかにする研究や、遺伝情報をもとに古細菌の機能を推測し、培養する試みを行っています。現在までに、“非極限性”古細菌の系統に近い新属新種の古細菌を分離培養することに成功し、そのゲノム構造などを解析中です。

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5.光の海に暮らすーその1

ごく近年まで、光をエネルギー源とする海洋表層の生物はクロロフィルを持つ酸素発生型の光合成生物と考えられてきましたが、この常識はプロテオロドプシンの発見により大きく揺らぎつつあります。プロテオロドプシンは、2000年に発見された光受容タンパク質で、太陽光をエネルギーに変換することができます。その後の研究から海洋細菌の間に広く分布することが分かり、この反応はクロロフィル系とは異なる光エネルギーの利用様式として非常に注目されています。しかしながら、プロテオロドプシン遺伝子を持つ海洋細菌は“極めて難培養性”であるとされ、彼らの生理学的性状や生態は詳しくは分かっていません。私たちの研究室では、独自の遺伝子検出プローブを設計することにより“極めて難培養性”というこれまでの常識を覆し、たくさんの海洋細菌培養株からプロテオロドプシン遺伝子を検出することに成功しました。世界的にもこれほど多くのプロテオロドプシン細菌が培養された例はなく、謎に包まれた彼らの生態解明に飛躍的な進展をもたらす成果が得られつつあります。

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6.広がる遺伝子

微生物ゲノムとメタゲノム解析の急速な進展によって、外来起源遺伝子の痕跡が豊富に存在すること、微生物種ではなく棲息深度に依存した遺伝子群の分布があることが明らかになってきました。これらの知見は系統的に隔たった微生物間で遺伝子の水平伝達(HGT)が行われた証拠であると考えられます。ウイルスは、HGTの実体であるとされてきましたが、高い宿主特異性、転移可能なDNAの長さが比較的短い、形質導入株からde novo粒子生成が不能等の事実は、ウイルスを現実にHGTの主要な実体として考えにくいことを示唆しています。千浦らは、包摂DNAの大部分が宿主染色体からなり、系統的に遠い受容菌に、温和な致死効果と一般型形質導入を行う「広宿主域遺伝子伝達粒子:broad-host-range vector particles: “VPs”」を環境中より見いだしています。私たちは、現在のウイルス概念には適合しない新しいメカニズムとして、VP生産に関わる遺伝子の特定と、VPが自然界で遺伝子伝達媒体として機能していることの証明を目指してます。

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7.いつかはメジャーに…レアなやつら

「将来的に温暖化が進み気候が変わると、海洋の生物資源や多様性、生態系サービスはどうなるのか?」科学的知見に基づく回答が期待されています。1990年代以降、水、土壌などの環境DNA試料の直接的配列解析によって、自然環境中における圧倒的多数の未培養微生物の存在が明らかにされましたが、未だその全貌を把握するに至っていません。従来の配列決定技術の速度とコストでは、数百〜数千種に及ぶ稀少種まで網羅しつつ複数の試料を解析比較することは技術的にも経済的にも困難だからです。私たちの研究室では、従来法の百倍の解析速度を有する新しい遺伝子配列決定技術を利用することにより、技術的に困難とされてきた稀少微生物種を含む海洋微生物群集の多様性を網羅的に明らかにする研究を行っています。環境中での群集サイズが小さく従来法では検出できない稀少微生物種を含む解析によって、海洋微生物の真の多様性とその多様性が生態系の復元性や頑強性に果たす役割の解明を目指しています。
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8.プランクトンから雲ができる?

ジメチルスルフォニオプロピオネイト(DMSP)は、植物プランクトンによって生成される有機硫黄化合物の一種です。その分解産物である硫化ジメチル(DMS)は、海洋から大気に放出される生物起源の主要な含イオウ気体であり、大気中で酸化されて硫酸エアロゾルとなり雲の凝結核を形成します。従って、植物プランクトンの増殖からDMS生成に至る生物過程は、海洋生態系から気候システムへのフィードバック機構として重要視され国内外で活発な研究が展開されています。海洋細菌群集は、DMSPからDMS への変換、DMSPの同化、DMSの酸化といった、DMSの大気放出過程におけるソースとシンクの両方に寄与していることが示唆されています。私たちは、DMSの生成が盛んな南大洋や西部北太平洋において、DMSP の変換に関わる細菌機能群の動態を解析し、海洋細菌群集が気候システムに与える影響を明らかにすることを目指しています。

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9.深い海を極めるものたちーその2

地球生態系にける窒素循環の一過程である硝化は、硝化細菌と総称される生物群によって担われており、アンモニア酸化細菌によるアンモニアの亜硝酸への酸化と、亜硝酸酸化細菌による亜硝酸の硝酸への酸化という一連の反応からなっています。海洋における硝化については、環境DNAの直接解析によってアンモニア酸化古細菌の重要性が示唆されてきました。しかし、海洋性アンモニア酸化古細菌は、極めて培養が困難であり、詳しい生理学的性状は未だ明らかになっていません。私たちの研究室では,駿河湾中深層から得られた海水試料から、海洋性アンモニア酸化古細菌を高度に集積することによって、これまで不明であった彼らの系統学的位置を特定することに成功しました。この集積系のさらに詳しい解析によって、海洋性アンモニア酸化古細菌について多くの新しい知見が得られることが期待されます。

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10.光りながら落ちてゆく細菌たち

動物プランクトン糞粒の微生物分解は、粒子状有機物の無機化や溶存化を促進し、その沈降を抑制するため、生物ポンプ作用による海洋の二酸化炭素吸収に抑制的に働くと考えられます。これまで、植物プランクトンの分解について詳しく調べられているのと対照的に、動物プランクトンの糞粒や体組織については、どのくらいの速度で分解されるのか、あるいはどのような微生物がこれを分解しているのか、といった知見はほとんど見当たりません。また、有機物粒子を非選択的に摂食する被嚢動物の糞粒には、海水中の微生物群集が高密度にパッキングされていると同時に、その消化管内に常在するいわゆる腸内細菌群も付着しているはずですが、その情報は非常に限られています。私たちは、近年南大洋など様々な海域で生態学的な重要性が認識されてきた浮遊性被嚢動物に注目し、その糞粒中に見られる微生物叢の解析を行っています。その結果、サルパ類糞粒にはVibrio属発光細菌が優占的に付着し、実際に発光していることを示唆するデータが得られています。「光る糞」については、発光性の魚類以外ではこれまでセディメントトラップによって得られた糞粒が光るという報告が1報あるのみで、今回のように生物種を特定した例はありません。このユニークな現象は、糞粒に存在する細菌群が直接的に有機物分解を担うのみならず、糞を光らせることにより視覚依存捕食者による捕食を受けやすくし、間接的にも有機物分解を促進している可能性につながるため、生物学的にも生態学的にも注目されます。

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11.光の海に暮らすーその2

海洋には、酸素発生型と酸素非発生型の光合成細菌が広く分布しています。酸素非発生型好気性光合成細菌は、好気条件下でクロロフィル系色素を用いたエネルギー合成を行う細菌であり、本研究室の芝博士(現水産大学校教授)によって1970年代に本邦沿岸域において初めて発見されました。最近になってこれらの光合成細菌が、沿岸域のみならず外洋域の海洋表層水中に広く分布していることが報告され、世界中の海洋学者から注目を集めています。私たちの研究室では、好気性光合成細菌の生理生態学的性状に関する基礎的な知見を得るために、岩手県大槌湾を対象海域として、好気性光合成細菌の分離、同定、さらにバクテリオクロロフィルの赤外蛍光を指標とした蛍光顕微鏡直接計数による動態解析を行ってきました。その結果、一般従属栄養細菌とは異なるこれらの細菌のユニークな生態が明らかになりつつあり、生態系におけるエネルギーフラックスの新たな概念を示すことを目指しています。

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12.その他

微生物群集構造の高速・多検体解析技術の確立:船上やフィールドに居ながらにして、迅速に微生物群集構造が把握できるような高速・多検体処理技術を確立するための基礎的な研究を行っています。特に、蛍光ビーズとフローサイトメトリーを基盤とした技術(蛍光マイクロビーズアレイ)を利用して、海水試料中に存在する多種類の海洋細菌を短時間で同時に検出する手法を確立するための技術的な検討を進めています。

微生物群集の時空間変動モニタリング:全国共同利用研究船(白鳳丸、淡青丸)を利用して、国内外の様々な海域を調査し、グローバルスケールでの微生物群集構造の比較とそれぞれの海域で活発な増殖を示す鍵種の特定を行っています。これまで、日本周辺海域に加えて、南北両極海、南太平洋、北太平洋、地中海などで調査研究活動を行い、環境微生物群集のDNAコレクションを保存しています。また、相模湾真鶴沖に長期生態系観測定点を設け、微生物群集構造の時間的な変動のモニタリングも行っています。

ヌクレオシドトレーサー法による環境微生物群集ダイナミクスの解析:細菌によるハロゲン化ヌクレオシドのDNAへの同化作用を利用して、環境中で活発に増殖する細菌を標識し、その動態を追跡する独自開発の手法です。海水試料からの細菌群集DNAの直接抽出、遺伝子解析によって群集構造を把握し、ある環境下で活発な増殖応答を示す鍵種を特定すると共に、蛍光ハイブリダイゼーション法によってその動態を追跡します。技術的な検討をほぼ終了し、現在行っている様々なフィールド調査で利用しています。

黒潮続流域における微生物ループ過程の解析:多獲性小型浮魚類(イワシ、サバ、サンマ)の資源量変動のしくみ明らかにし、将来的な環境変動の影響を予測するための大規模な生態系解析プロジェクトが農林水産技術会議によって開始されました。複数の調査船による一斉調査に参加して、魚類の餌環境を把握するための食物連鎖解析を行っています。

海氷内細菌群集(アイスバクテリア)の動態解析:低温環境における微生物群集の動態を知るために、海氷内の間隙(ブラインポケット)内に増殖する微生物の多様性や活性を調べています。北海道サロマ湖において冬期に発達する季節海氷をフィールドに解析を行っています。

クラゲ幼生の微生物学的制御:クラゲ大量発生対策として、クラゲ幼生の着生を促進する細菌の探索と実用化に向けた基礎的な研究を行っています。

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