「かいれい/かいこう」日本海溝調査
(2000年11月)

 

 1998年から、海洋科学技術センターと共同で、センター所属の無人潜水船「かいこう」を使って日本海溝陸側斜面上の化学合成生物群集の調査をおこなっています。化学合成生物群集とは、硫化水素やメタンといった還元的な物質を使って化学合成細菌が作り出す有機物依存している群集で、日本の周りでも、相模湾の冷湧水帯や沖縄トラフの熱水噴出孔など、多くの場所で発見されています。日本海溝では、1985年の日仏KAIKO計画で三陸海底崖の上部(水深5600〜6000m)で、ナギナタシロウリガイのコロニーが発見され、1991年には「しんかい6500」の潜航調査により、崖の下部(水深6200〜6400m)からも同種のコロニーが発見されています。我々の98年の調査では、三陸沖日本海溝の海溝軸に続く最も深い崖(水深7200〜7300m)で別の種類の二枚貝(後にナラクハナシガイと命名されました)のコロニーを発見しました。この貝もシロウリガイと同じ様に、化学合成細菌と細胞内共生をしている事から、現在までのに世界で発見された、一番深い場所の化学合成生物群集とされています。さらにナギナタシロウリガイのコロニーの中から別の種類の二枚貝(ナラクシロウリガイとカイレイハナシガイ)が発見されました。99年には、三陸海底崖と最深部の崖と間の、小規模な崖(水深6600〜6800m)でナラクシロウリガイの単独コロニーが発見されています。

 

 

 

 

 

           昨年度採集されたカイレイハナシガイ →

 3年目になる今年は、ナギナタシロウリガイサイトとナラクハナシガイサイトを含む4ヶ所で、6潜航を計画し、11月6日から16日までの「かいれい」KR00-7次航海に参加しました。海洋研(底生生物分野と海洋底テクトニクス分野)以外のメンバーは、東大地球惑星科学の木村先生、岩手大学の溝田先生と大学院生の鎌田君、広島大長沼研の大学院生福場君、JAMSTECから生物の藤倉さん、物理の満澤さん、DeepStarの微生物屋さん達、そして作家の温水さんが取材のため乗船しました。

 

 

 

 

 

 一昨年夏の塩竃、昨年春の宮古に対し今回はずっと北上して、釧路港で乗り込み。寒風吹きすさむ岸壁で船を待ちます。

 

 

 

 

 ようやく姿を現した、研究船「かいれい」。「かいこう」の母船として建造された船ですが、何故か「ガメラ」、「ゴジラ」「ウルトラマン」と、怪獣映画に引っ張りだこ(残るは「仮面ライダー」か?)。

 

 「かいこう」は93年に完成した、11000mまで潜航できる最新鋭の無人潜水船です。98年の春には、世界で最も深いマリアナ海溝チャレンジャー海淵での試験潜航以来の付き合いです。

「かいこう」システムの説明会の風景

 7日、八戸沖日本海溝陸側斜面上の大きな崖で、地質学グループ中心の潜航が開始されましたが、降下途中で、海況悪化のため中止の憂き目に。翌8日の潜航も中止。9日も途中まででUターン。一旦南下して、ナラクハナシガイサイトで、仕切り直しとなりました。

 

 10日、ナラクハナシガイサイトでようやく潜航が実現。海底上約100mで、ランチャーを切り離して一路海底へ。「かいこう」は、下降中のケーブルの捩れを防ぐため、二重構造になっています。海底の映像は、光ファイバーケーブルを通じ船上で、リアルタイムで見る事ができます

 1年半ぶりの日本海溝の海底。1時間程の捜索の後、ハナシガイのコロニーを発見。周囲にはまるで草原の様に細いチューブが密生していました。これはハオリムシ(チューブワーム)と近縁な(一般に同じ有鬚動物門に分類される)ヒゲムシです。

 この日は、19個体のナラクハナシガイとヒゲムシ4個体が採集されました。

 

 翌11日は海況不良で中止。12日の調査は、JAMSTECの満澤さんの計画で、日本海溝の最深部での水の流れを調べるというもの。日本海溝の海溝軸では陸側で向きの向きの流れが卓越しているすると言われていますが、その強さを実測するのが目的です。 

  ようやく海況が回復した14日には、ナギナタシロウリガイサイトにチャレンジ。水深5300mのこの場所は、今年夏の「しんかい6500」による潜航調査で、JAMSETCの藤倉さん達が発見した所です。降りた所でいきなりコロニー発見! これはラッキーと早速着底して、作業を開始しました。その後、陸側の斜面へ向かい、ナラクシロウリガイとの住み分け状況を調べる計画でしたが、強い表層流の為、母船の操船が難しく断念しました。

        朝日の中、発進する「かいこう」 →

 

 

 この日の獲物は、61個体のナギナタシロウリガイと、ナラクシロウリガイ、カイレイハナシガイ、多くの巻貝類など。サンプルは、「かいこう」のバスケットに置かれた保温ボックス(↓)に入れられて上がってきます。

 船上で、ナギナタシロウリガイを解剖していきます。印象的だったのは、ほとんど全ての貝の鰓の間に、複数(多い物では19匹も!)のゴカイが寄生していた事です。ホスト毎に分けて固定しました。いずれ鹿児島大学の三浦知之さんによって、分類や個体群特性の研究が行われる予定です

   

 

 翌日は再び海況が悪化し、これ以上粘っても仕方が無いという事で、あきらめて横須賀のJAMSTEC岸壁に向けて回航しました。

 

 結局、今回の航海では、当初予定した6回の潜航調査のうち実現した(海底まで行き着いた)のは、3回だけで、それらも内容的に必ずしも満足いくものではありませんでした。が、海況の回復を待つ間には、セミナーをして時間を潰しました。他の研究分野の人の話をゆっくり聞き、議論できるのも、学際的な研究航海ならではの楽しみ、いい勉強になりました。 

 と、いう事で、今回の調査は残念ながら、非常に不本意なものになってしまいました。まあ、なんと言っても自然が相手の商売ですから、こういう事もあります。
 日本海溝にはまだまだ未発見の化学合成生物群集や未知の種が残されていると思われます。次の機会に乞う御期待です。

 

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